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永久不変の夢模様

心のシャッター押して忘れない様に 胸の端っこに刻んだの。

20070430→20170430

 

 

2017年‪4月21日。

嵐が念願の初ドーム公演を行った日から10年。

そのことを、知り合いのツイートで思い出しました。

『凱旋記念最終公演 ARASHI AROUND ASIA+in Dome』

わたしがその全4公演のうちで入ったのは、4月30日。東京ドームでの、最終日でした。

 

2017年4月30日。

あの日から10年経って、あっという間の10年だったなあって、もちろん嵐やその他のグループに関してもそうだけど、わたし自身のことも思い出して感慨深くなりました。

 

 

そんな感慨深くなった大きな原因が、その二日前、28日に嵐がMステで新曲を24人のJr.を引き連れて出演、それをたまたまリアルタイムで見ていた母親が、ひさしぶりに嵐のパフォーマンスを見て感動した、やっぱりこの人たちはすごい!と興奮気味に話してくれたことでした。

それはまるで、わたしがJaponismの東京公演にふらっと入った日に、うわーわたしこの人たちから一生離れられないだろうなあと、悟ったときの興奮と同じような気がしました。(この時のことはまた機会があれば、振り返りたい。笑)

元々、お母さんの影響でわたしはオタクになって、わたしをこの沼に引きずり込んだのは紛れもなくお母さんなのに、さっさと足を洗い(オタク気質だから他のことに今はお熱だけど)、むしろ最近じゃ、アンチなの?ってくらい批判しかしなかったお母さんが、個人的にメモリアルだな~って思ってた2017年4月30日を前にして、謎に嵐に寄り添ってきて( 笑 )。

なんとなーく、このタイミングで振り返ってみたくなったので、この、嵐バブルの発生の頃のことと、未だに弾けないバブルについて、ちょっと語ってみちゃったりしたい。

(ちなみに、あの頃のわたしはまだ中学生とかの若僧で、見てた事とかも客観的にとらえられてないとおもうし、あくまでも一個人の見解なので、あしからず。笑)

 

 

 

 

 

いま振り返って、あの初ドーム公演が、めちゃくちゃ印象的で何もかも覚えてるかって言われると、正直そんなでもなくて( 笑 )

っていうのも、こんなに嵐がおっきくなるっていうのは思ってなかったし、ドームでやることの凄さも、ドーム公演を達成した人たちが次に目指すところとかも、あの頃の、中1のわたしは全然わかってなかった。

それまで通りに、まあまあ希望通りにチケット取れて、まあまあ満足するくらいにはコンサートに入れる、そんなのが続くと思ってた。

もちろん、デビューから7年以上ドームでやることが出来なかった彼らの、その念願が叶うことは感慨深くはあったけど、あの頃の彼らはほんとに怒涛すぎて、なんだか、あんまりいろんなこと考える暇もなく、あれよあれよという間にドームに連れてってもらった印象で。

すごいところに"一緒に"連れてきてもらった!これからも"一緒に"歩んでいくんだ!そんな気持ちだった、少なくとも私は。

ツイッターでも、

ドームだとC&Rがずれちゃうんだね!なんて今じゃ普通のことにすごくびっくりして、でも不思議と遠くに行っちゃう感は私は感じなかったんだよなあ。

なんてことつぶやいてた。わたし的に5人が遠くなっちゃったなあっていうのを感じたのは、5×10くらいだったかなあ(←この感覚絶対おかしい)(←マイペースすぎる性格がよく出ている)

 

でも、30日にひさしぶりに凱旋のDVD見てたら、思い出したことがあったの。

それは、COOL&SOUL for DOME 07 の映像をひさしぶりに見た瞬間。

この曲の中盤で、

『ya so cute  二番煎じ』

っていう歌詞があるんだけど、それを生で見たときに、二番煎じって叫んだ翔くんが、最っ高の笑顔でケラケラ笑ってて、それに続いて他のメンバーもものすっごいギラギラした表情でモニターに抜かれたとき、

あっ…わたしの知らない5人がいる…

って思ったの、強烈に思い出した。全然知らない手の届かないところに行った5人を、強烈に感じた瞬間だったし、ものっすごい鳥肌ものだったの、ほんとに昨日のことのように思い出せる。

 

 

 

そう、この"ギラギラ感"。これのが、あの当時の彼らはそりゃもうすさまじかったと思うし、この頃に降りてしまった人たちっていうのは、その"ギラギラ感"を直視することが出来なかった人たちなのかなって思う。

わたしは、そんな彼らをできるだけ目を見開いて、見ていたいって思った。ある意味で、わたしにとっての夢であり、目標であった。

 

 

 

でも、そんなギラギラが、この頃にしかなかったって言われると、それは違うなっていうのも、確信を持って言える。

ドームで、凱旋公演向けに新たに歌詞がつけたされた、 COOL&SOUL for DOME 07 は、そりゃもうすごい言葉を連発してるの。ノーマルのCOOL&SOULと比べると、その変化が面白くて、わたしはすき。

‪『いま居合わせることが重要』と、言い切るようになって、『待たしたね もう喉乾いたぜ』『似せてみようとも追いつかないかも』と、"二番煎じ"にはもう怯えなくなって、でも、『そりゃ時に また待たせるだろう』‬と、これから先の道の険しさも忘れていない。

でも、こんな大口叩いてるのが、この時だけかって言うとそうじゃなくて、彼らはほんとうに長らく、"トップを目指すこと"にこだわって生きてきてるんだと思う。

櫻井翔の言霊 - SHIO BEAT

翔くんのラップ大賞をやってたときから、購読させてもらってる方の記事なんだけど、これ、ほんとすごいなって思うから、読んでほしい。読んでもらったら、わたしの言いたい意味が分かってもらえると思う。( 笑 )

 

 

 

さて、初ドームから10年ってことは、二宮くんの情熱大陸からも10年。わたしが本当の意味で、二宮和也という人間から永遠に離れられないだろうなってことを悟ったあの放送から10年。‬
‪あの頃の二宮くんの、"なんだかよく分からないんだけど でもとてつもなくこの人凄いんだな"っていう、アイドルどうこう以前に人としての強烈すぎるインパクトは、やっぱりそれ以降の若手組にはいないなって思う(担当フィルター含みますのであしからず。笑)
‪見た目は華奢でちっちゃくてどこにでも居そうな青年なのに、隠しきれてないギラギラ感が眩しすぎて、直視できない、なのに、もっとずっと見てたい、って思わされたんだよね。‬

わたし実は、嵐ファン始めてからしばらくは、所謂担当不在でした。ほんとに五人のお兄さんたちが好きだったから。でも、この情熱大陸をきっかけに、わたしは二宮担を名乗り始めました。だから、もしかしたらあのタイミングで情熱大陸に出たのが他のメンバーだったら、その人の担当になってたのかもね。


‪だから、最近の二宮くんが雑誌でこんなこと言ってて、ちょっと寂しいなって思う反面、ちゃんと、大人になったんだなあって安心した。

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最後の挨拶で、二宮くんは、こう語ります。

 

‪「ドーム公演としては、僕の中では、夢のような、目標のような、通過点です。この点が、どの点と結ぶか、僕は楽しみでしょうがありません。」‬


‪夢のような、目標のような、通過点。そう思っててくれたから、本当にいろんな場所に連れてってくれたんだよね。‬
‪『5人とともにさらおう時代』なんて言ってる頃には、なーに大口叩いてんだよって、それが本当になるなんて誰ひとり思ってなかったのに、現実にしちゃったんだよね。‬


‪五人揃うともういい歳なのにぽやぽやしてるように見えるし、わちゃわちゃしてるところが好き、とかみんなよく言うけど、その裏ではとんでもないハングリー精神の塊たちなんだよ、だからトップに辿り着いたんだよ。‬

 

 

 

‪そんなこと考えてたら、今月のP誌で流星くんが、「ドームは通過点のひとつ」「これからもいろんな通過点を作って、それをみずから更新していけるようにがんばりたい」って言ってました。わたしは、嬉しかった。‬

 

 

 

 

 

わたしは、アイドルを応援していると、自分じゃない、もうひとりの"わたし"をそこに投影させて、一緒に歩んでいるような気持ちになるのが、オタクを辞められない所以だなって思います。

わたし自身は弱い人間だからこそ、力強く生きているアイドルを見ると、元気が貰える。自分も負けてられないな、頑張らないとな、って思える。

 

『いま居合わせる 君 幸せ  この歴史を後世に語れるだろう?』

 

まさにこれを体現してくれた、嵐の5人が、これからも、まだ見ぬ世界を目指して、私たちをいろんなところに連れて行ってくれますように。

そして、彼らの背中を見る、後輩の7人が、どんなグループとも違う、彼ららしい、彼らにしかできない形で、素敵な景色を見せてくれますように。

 

それを叶えてくれたら、ファン冥利に尽きると思います!

 

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